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■打初■ 小豆島霊場総本院


【本尊】弘法大師

【御宝号】南無大師遍照金剛

 

 

昭和42年「小豆島霊場開創1150年記念法要」の事業の1つとして建立された。ここで十善戒を受けてから巡拝に出発する。

 

お参りの仕方のほか、納経システムも教えてくれる。まずはここで納経帳に朱印をもらう。


土庄フェリー乗り場から国道254号を進み、途中T字路で右に曲がり436号に入る。すると四国新聞?だったかな、左手に新聞社がありその向こう隣が総本院。
駐車スペースが分からず、結局、新聞社と総本院の間の細い道に駐車した。 



ここで小豆島オリジナルの納経帳(ご朱印帳)を購入し、100枚100円のお大師さまが描かれたお札を購入する。お札には日付や住所、名前などを書き、それぞれのお寺やお堂にある納経箱に入れることになる。

初心者は白いお札から始まり、回数が増えるごとに赤や緑のお札を使用することができるようになるそう(回数を忘れてしまった!)。100回以上、お遍路をする方たちは、なんと錦(織物の生地)のお札になるそう。とてもキレイな生地でびっくり!




| お大師さん | 20:13 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第1番■ 洞雲山(どううんざん)



【納経所】
3番 観音寺

【本尊】毘沙門天

【御詠歌】仙人の よわいと共に ちよろずの 宝授くる みほとけぞこれ

【真言】オン ベイシラマンダヤ ソワカ

 

 

小豆島には山岳霊場が10ヶ所以上ある。「洞雲山」もその一つ。岩壁沿いの山道を行けば鐘楼と杉の大木が見えてくる。石段を上ると大師堂、その右手上に「大師お杖の水」と呼ばれる小さな泉がある。6月1日〜7月中旬の15時ごろ、晴天であれば日光の加減で「夏至観音」といわれる観音様の影が現れる。

 

泉を背にして奥へ進むと、切り立った岩壁が目に迫ってくる。洞雲山本堂の入り口である。岩壁に沿って作られた登廊を行けば、洞窟の中に八角堂があり、毘沙門天が祀られている。

 

 
| 毘沙門天 | 20:12 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第2番■ 碁石山(ごいしざん)



【納経所】
8番 常光寺

【本尊】波切不動明王

【御詠歌】たのもしき 誓いによりて いきしにの 海の波を やすくよぐらむ

【真言】ナウマクサンマンダ バザラダン センダン マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン

 

 

駐車場から石段を上って行くと広場があり、その右手に高台には大きく立派な修行大師像がそびえ立っている。なかなかの上り坂を上り、やっと駐車場があるという感じ。とにかくとっても高いところにあるお寺。



 

本堂へはさらに上を目指す。大師堂の脇の石段をしばらく上ると、道が二手に分かれる。右の石段を上れば行者堂、左側に進むと岩場を鎖で上る行場があり、こちらも行者堂に繋がる。

鎖が垂れ下がった行場を通り過ぎ、参道を下って行くとすぐに本堂。堂内は広い洞窟(鳳凰窟)で、神秘的な雰囲気が漂っている。こちらでは一緒にお経をあげていただき、また興味深いお話を聞かせて下さり、とっても充実。



お不動さんがいる場所からは海が見え、怖かったけれど絶景でした。 

 

 
| お不動さん | 21:18 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第3番■ 観音寺(かんのんじ)



【納経所】★1、3、3奥、5、6、86番 

【本尊】十一面観音

【御詠歌】御仏の 誓いの船に のりえなば 苦しき海も 苦しとわなし

【真言】オン マカキャロニキャ ソワカ

 

 

境内には生田春月の詩碑が立つ。生田春月は明治25年(1892)、鳥取県米子市に生まれ、大正末期には夏目漱石と並ぶほどの人気があった詩人で、ハインリッヒ・ハイネの翻訳、研究で功績を残した。

 

昭和5年(1930)、38歳のとき、航行中の「すみれ丸」から投身自殺した。その1ヵ月後、遺体は坂出港に上げられ、詩碑には最後の船で書き残した「海図」が刻まれている。

 

縁起によれば、当寺は弘法大師によって開かれ、ご本尊の十一面観音も大師が刻まれたとのこと。その後、慶長年間に再興され、文化年間に建てられた大師堂、護摩堂などは現在にまで至っている。


 

境内にはこんなに可愛い方が。

納経所ではいろいろなお話を伺った。千葉に住む娘さんが作ったというティッシュケースまでいただきました。
| 観音さま | 21:17 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第3番・奥の院■ 隼山(はやぶさざん)



【納経所】
3番 観音寺

【本尊】聖観音

【御詠歌】わだつみの 神の捧ぐる 灯は 心のやみも 照らすなりけり

【真言】オン アロリキャ ソワカ

 

 

1番洞雲山から500mを徒歩で進むか、第3番観音寺から約2kmの上りを行くと隼山の山門が見える。山門は立派な仁王像が左右に立つ仁王門。




仁王門の前に立つお大師様の像。足元には小さなお大師様がいっぱい!
 

山の急斜面に建つため、幅は狭いが奥行きのある境内。一番奥に岩壁を背にした本堂がある。隼山の参道にある朱塗りの新しいお堂は大師堂とのこと。

 
| 観音さま | 21:17 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第4番■ 古江庵(ふるえあん)



【納経所】
8番 常光寺

【本尊】阿弥陀如来

【御詠歌】庵の名の 古江に宿る 月影も 阿弥陀ほとけの 光りなりけり

【真言】オン アミリタテイセイ カラ ウン

 

 

「二十四の瞳映画村」のある田ノ浦の岬入り口辺りに古江庵は建つ。

 

庵に面して左側はすぐに海が広がり、小豆島88ヶ所の中で、第60番江洞窟に次いで、海に近い札所である。

 

堂内には安阿弥作と伝わる阿弥陀如来を安置。お堂の周りには、西国33ヶ所の石仏が並ぶ。

 

広い境内は防潮、防砂のために見事な松が植えられている。

 
| 如来 | 21:16 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第5番■ 堀越庵(ほりこしあん)



【納経所】
3番 観音寺

【本尊】阿弥陀如来

【御詠歌】唱うれば 即ち我も 仏なり 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

【真言】オン アミリタテイセイ カラ ウン

 

 

堀越の集落にある公園の、斜め向かいに建つ。その園内には壺井繁治(壺井栄の夫)の詩碑がある。細道を上がり、そこに面した本当に小さなお寺。普通の住宅街の、普通のお宅に上がるような雰囲気。

 

幕末の頃、島外から来た尼僧妙光がこの庵に住みつき、村の女たちのお産の面倒をみるようになった。あるとき幕府の捕手が向けられ、村人は妙光を岩穴にかくまう。その後、お産のたびに姿を見せた妙光も、ついに岩穴で息を引き取ったという。

 

現在も堀越庵に妙光の墓があり、子宝・安産の仏様として信仰されている。

 

 
| 如来 | 21:15 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第6番■ 田ノ浦庵(たのうらあん)



【納経所】3番 観音寺

【本尊】無量寿如来

【御詠歌】おのずから 御法の声と 聞こゆなり 田ノ浦庵の 軒の松風

【真言】オン アミリタテイセイ カラ ウン

 

 

壺井栄(1899〜1967)の小説「二十四の瞳」の舞台となった田ノ浦分校(岬の分教場)の脇道を150m進む。この脇道に車は入れないので、海岸沿いの駐車スペースに停める。

 

境内は隣接する郷社の社と共有になっていて、平安時代からの神仏習合の慣わしが残る。

鳥居の横に中途半端な高さで伐採された大木の名残があったり、鐘楼の造りも変っていたりで、こぢんまりとした佇まいの中にも面白みがある。

 

田ノ浦庵の前を通り過ぎると山道に続く。そこは堀越庵から繋がる約2kmの歩き遍路用の道だ。

朝イチで行ったところ、ご近所の方がお花を備えたり、お掃除したりと、朝の準備をされていた。とてもキレイに保存されたお寺で、近くで管理する方々の気持よさを感じた。

 

 
| 如来 | 21:14 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第7番■ 向庵(むかいあん)



【納経所】
8番 常光寺

【本尊】阿弥陀如来

【御詠歌】わがたのむ はるけき西の 山の端に 心もすめる 有明の月

【真言】オン アミリタテイセイ カラ ウン

 

 

この辺りの住所、苗羽は「野馬」を意味し、昔は牛や馬の放牧地であった。平幡良雄氏が著書「小豆島遍路」にて「廷亨年間(1744〜1748)の村明細帳」から引用した数字によると、江戸時代、島内に牛馬が2184頭いて、苗羽には牛96頭、馬47頭が飼われていたという。

ちなみに苗羽に隣接する馬木という地名は「牧」を意味していて、同じく放牧地であったと考えられている。

 

向庵には駐車スペースが1台分しあないので、常光寺の駐車場に停めて歩く方がよい。

 

 
| 如来 | 21:36 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP
■第8番■ 常光寺(じょうこうじ)



【納経所】★
247891011

【本尊】薬師如来

【御詠歌】この寺に ひとたび参る 世の人は よろずの願い かなわぬはなし

【真言】オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ

 

 

常光寺は日本で最も早く咲く桜と言われる「ジョウコウジザクラ」が有名。行基菩薩により開かれた当寺は、本尊の薬師如来も行基菩薩による。弘法大師も止錫(ししゃく)し、霊地に定めたという。

 

常光寺桜や河津桜、梅などの参道を抜けると鐘楼門、そして境内に。本堂を正面に、左に大師堂、右にソテツ、その奥に庫裡、信徒会館などが並ぶ。

 

その後、南朝の武将佐々木信胤(飽浦三郎左衛門)の祈願所となる。信胤は暦応2年(1339)、当時京洛三美人の一人、お才の局とともに小豆島へ渡る。星ヶ城を築き、9年間小豆島を支配した。貞和3年(1347)に北朝の細川師氏の合戦に破れ降伏、自害した。これは「太平記」に記されている。

 
| 如来 | 21:36 | comments(0) | - | - | - | ↑TOP